みんなのおもいで


 

植松久仁子 


障害児サマースクール

「夏が来れば思い出す」
重心の息子と、小学部から高等部までの夏休みに、思いっきり夏を過ごしたのが、障害児サマースクールでした。
毎年夏休みのうち20日間、県障害者福祉センターや養護学校を中心に様々な取り組みとプールを楽しみました。お出かけでは、草津のロクハ公園や帰帆島のプールにで向いたこともありました。
また福祉バスを借りて大阪の海遊館へ行ったことも。
毎日親が交代で、集約担当、当番2名、取組担当。龍谷大学のボランティアさんが進行役を担って下さり、子供には1、2名の大学生や高校生ボランティアさんがついて、朝の会や様々な楽しい取組(創作活動、料理、仮装、ごっこ遊び、ペットボトルボウリングや輪投げ、音楽合奏やダンスなどなど、取組はバラエティーに飛んで楽しみました。午後はプール。おやつの後帰りの会。私たちの班の参加の子供は、障害が本当に重く、普通食も食べられない子供も多く参加していたので何日かは担任の先生が様子を見に参加して下さり、食事介助も助けてくださいました。
これほどの内容を実施するためには年間通して、ボランティア募集で龍谷大学や滋賀医科大学、滋賀大教育学部を始めとして、高校や医療専門学校など、チーム分けしてまわりました。
学校によっては障害児者理解教育として、授業で、これまでの育てた経緯や、思い、現在の課題や問題点など、親の立場でお話しする機会を得ることもありました。
そして、貴重な夏休みに何日もボランティアとして参加してくださった方は毎年1000人を超えていました。
また子供達のためにも、しっかり分かってもらえること、環境を整える為、年間通して、ホリデースクールを月1回開催し始めました。

親も皆さんまだ若かったこともあり、ものすごい充実したそして家族総出で協力して出来上がった障害児サマースクール。
私の人生の中でも、多くの人の優しさ思いやり、障害があっても楽しめる経験、仲間の存在、養護学校の先生方、市役所職員さんと信頼関係など多くの宝物を頂くことができました。
皆さん本当にありがとうございました。 

白石恵理子(滋賀大学教育学部) 

 

関係者のみなさま、本当におつかれさまでした。また、学生たちがお世話になりましたこと、心より感謝申し上げます。
サマースクールに参加した学生の多くが、子どもたちとのかかわりから学んだことは勿論ですが、障害児の保護者に対するイメージをつくりかえ、保護者の皆さんからかけがえのないエネルギーをいただきました。「おかあさんたちってほんとにすごいねん」と語ってくれた学生たちを思い出しています。
毎年つづけて参加していた学生は、保護者やなかまたちと力を合わせて、いっぱい悩みながらも、自分たちで考え創り出していく喜びを実感し、次の年には後輩たちに伝えていくという貴重な体験をさせていただきました。大学での学び以上に大切な成長の場であったと思います。そうした場がなくなることは本当に残念です。
サマースクールはなくなりますが、障害のある子どもたち一人ひとりが自分らしく、地域とつながって豊かに生きていけるよう、放課後の発達保障の場が続いていくことを、心から願います。本当にありがとうございました。

坂本 彩
私は、1991年に龍谷大学に入学し、大学生の夏休みはサマースクールのボランティアで過ごしたと言っても過言ではない毎日だったと思います。
今でも、あの頃の障害児のお母さんの手記を憶えています。「40日間、毎日子どもをドライブに連れて回った。」「1学期についていた力が、家の中で親子で過ごすだけの夏休みを経て2学期にはできなくなってしまっていた」そんな中で、1日でも2日でも子どもたちが過ごせる場所があれば…、と始まったサマースクールだったと思います。当時は夏休みの内20日間実施していました。

そんな濃い夏休みを過ごした私は、サマースクールで出会った子どもたちの将来を考えた時に、「この子たちが大人になってしんどい思いや苦しい思いをするのは絶対に嫌だ」と思い、「私が社会を変えてやる」くらいの思いをもって、障害福祉の道に進みました。
当然、社会は私ひとりの力で変わるわけもなく、働きだしてからは自分の力のなさに直面する日々でした。

でも、あの頃に出会った子どもたちが、いまは立派な大人となり、元気に過ごしてくれている姿を見れることはその子の生命力の強さと共に、支えてきた家族の思い、支援職の皆さんの思い、社会の力を感じて、私自身が生きる力をもらえます。
そして、残念ながら、あの頃出会った子どもたちのうち何人かはお亡くなりになっています。大学生の私がボランティアで担当していたのだから私よりは確実に若かった彼ら、彼女らが私より先に逝かれるということは、障害や病気と共に生きることの困難を表しているようにも思うし、その命を守り支え切れない社会の弱さを表しているようにも思います。

そして、サマースクールで出会い、私の人生の大きな影響を与えた「お母さんたち」。
「お母さん」というこの表現は、今の時代で言えば「ジェンダー」の視点でみると問題がある。障害児の子育てはお母さんだけがするもんじゃない。そういう声が聞こえてきそうですが、1990年代、障害児を必死で守り育てていたのは、やはり、「お母さんたち」だったのです。

忙しい中、サマースクールの当番をされているお母さんたちからたくさんのお話を聞かせていただきました。おおざっぱで雑なかかわりをしている私をハラハラしながらも、広い心で見守ってくれていたのだと思います。一緒にキャンプもいったし、ご飯も食べたし、本当に障害福祉の支援者としての「坂本彩」を育ててくれたのは、ずっと、「障害児のお母さんたち」だったと思います。

その経験は、ずっと、私の根本になっています。ずっと、「お母さんたちが、自己実現できる社会を作りたい」と考えながら仕事をしてきました。

今、障害福祉の制度がまがりなりにもいろいろできて、夏休みに子どもたちが過ごす事業もそれなりにはできてきました。その時代の流れの中でのサマースクールの終了なのだろうと思います。
ただ、いざ終了となった時に、
「子どもを預かってもらえる場所があればそれでいいのだろうか」
「サマースクールにはもっと大きな意義があったんじゃないだろうか」
そんなことをずっと考えています。

サマースクールの中にあった「当事者性」。
自分たちのことを自分たちで決めて実行していたサマースクール。
「私たちのことを私たち抜きで決めないで」という言葉にあるように、当事者性のない制度は、当事者にとって使いにくい制度になると思います。

制度や仕組みができていく中で、当事者性をどう発揮していくのか。
当事者性を含みこんだ制度をどう作るのか。
契約関係の中で「サービスの提供者」と「サービスの利用者」だけでは抜け落ちてしまう「なにか」を、皆さんと一緒に見つけていきたい。
これからの私の研究テーマです。サマースクールの45年間のなかに、その大きなヒントがあると考えています。

荒川 林太郎

本当に長い間ご苦労様でした。
龍谷大学の一期生として関わらせていただきました。今、社会福祉協議会の職員として働いています。学生時代に、企画から運営まで携らせていただいた経験は、今も大きな財産です。
ありがとうございました。 

Y.K 


行政職員として関わらせていただきました。入庁間もなく何も分かっていない職員にやさしく接してくださった実行委員の方々、ありがとうございました。
サマースクールに関わった方々が、現在も大津市をはじめ福祉の分野を中心にご活躍されていることもあり、改めて存在意義の大きい取り組みだったのだと感じました。
市民と行政が協働する取り組みとして先進的な取り組みであり、なくなるのは残念だと庁内の方から惜しむ声もありました。
そのような取り組みに少しでも関わらせていただけて光栄でした。

 S.M

真心と笑顔溢れるサマースクールに携わらせていただき、誠にありがとうございました。
移りゆく時代の中で、忘れてはいけないもの、忘れたくないものがサマースクールの取り組みの中にあったと感じています。そんなサマースクールに携われたことを嬉しく思います。

職員として育てていただいたことに加え、自身も親となり、改めてサマースクールを運営する皆様の活力を思い出してはその背中を追いかけています。

 

I.K 

障害福祉課職員としてサマースクールに携わらせていただきました。コロナ禍の時期でもあり、思うように活動ができない時期ではありましたが、サマースクールのこれまでの歴史や関わる方々の思いに直接触れ、私自身大変貴重な経験となりました。また、ボランティア説明会に参加した時にサマースクールが福祉や障害を知るきっかけになっていることを実感し、少しでも長くサマースクールが続くといいなと思っておりました。サマースクールがなくなることは寂しいですが、サマースクールに関われたこと大変嬉しく思います。1から教えていただいた事務局の皆様、サマースクールに関わってくださった皆様、本当にありがとうございました。


私と大津市障害児サマースクール


大津市福祉部障害福祉課
大浦 周子


 1999年春、私は新規採用で障害福祉課に配属され、新米ケースワーカーとなりました。障害のある人やそのご家族に支援制度を届けるのが仕事ですが、制度の知識どころか、社会人経験や子育てなどの人生経験もなく、わからないことばかりで本当に頼りないケースワーカーでした。そんな私のもう一つの仕事が、サマースクール事業の担当でした。先輩職員のUさんの見習いのような形での1年目、2年目以降は予算要求なども担当しました。昼間はケースワーカーとしての訪問活動や窓口対応に奔走し、夜になってからサマースクールの担当業務に取り掛かります。実行委員の保護者さんに電話で相談し、ボランティアさんとの関わりのなかでの障害のある子どもの姿、保護者の思い、サマースクールの意義と課題など、本当に多くのことを教えていただきました。今から思えば、育児と家事その他で本当にお疲れのところを、若い公務員の悩み相談みたいな状態で、ご迷惑だっただろうなとも思います。お付き合いいただいた保護者のみなさま、すみませんでした・・・。
 私自身は、他部署への異動を挟んで、気が付けば通算13年も障害福祉課で仕事をさせていただいています。この間、障害福祉分野を取り巻く社会状況は目まぐるしく変わり、本当に多くのサービスができ、また複雑になりました。でも、いつも「こたえ」は当事者の中にある、ということを私に教えてくれたのが、サマースクール事業でした。
 障害福祉課に配属された多くの若いケースワーカーがこの事業の担当になり、多くのことを教えていただき、育てていただきました。コロナ禍を経て事業の存続が難しくなってしまったのは残念ですが、その理念はこれからも大切にしていきたいと思います。このサイトは、その拠りどころとなるでしょう。
 大津市障害児サマースクールに参加された子どもたち、保護者のみなさま、ボランティアのみなさま、関わってくださったすべてのみなさま、本当にありがとうございました。

2024年1月


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